NHKで放送されている探検ロマン世界遺産は、見ているだけで旅行気分に浸れる番組ですね。再放送やdvdなどを見ながらスペシャルな時間をお過ごしください。
本サイトの『探検ロマン世界遺産 dvd』は、・・・・・


管理者のわたしは、海外旅行専門の旅行会社で二十数年間、世界遺産見学ツアーを含む色々なツアー手配に携わってきています。一応、部長です(^^ゞ
海外旅行のプロと自負しています。

番組制作会社の海外旅行番組制作のお手伝いをしたこともあります。

nhkの世界遺産dvd
そのような経験の中で、わたしだったら、
「ここの世界遺産をぜひお勧めするのになぁ~」とか、
「せっかくここに行くのだったら、ここも紹介すべき!!」
というようなことが、本当に多いです。

そんな、他のサイトでは紹介できないような、
プロから見た世界遺産の楽しみかた、行きかた、などを紹介します。

ゆっくりと見て、楽しんでくださいね♪


そして、感動を再び・・・・・・・・・・・
NHK-DVD 世界の夕景 世界遺産を巡る旅


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日本にも北海道から沖縄までたくさんの世界遺産があります。事前にちょっと知識を得てから出かけてみると、新たな日本の魅力が見えてくるかもしれません。日本の世界遺産めぐりを是非、したいものです。

ユネスコの世界遺産に登録されている、日本国内の文化・自然遺産は、2007年現在、14あります。文化遺産が11、自然遺産が3です。残念ながら複合遺産はありません。

●文化遺産
・法隆寺地域の仏教遺跡(1993年12月)・・・奈良
・姫路城(1993年12月)・・・兵庫
・古都京都の文化財(1994年12月)・・・京都
・白川郷・五箇山の合掌造り集落(1995年12月)・・・岐阜・富山
・原爆ドーム(1996年12月)・・・広島
・古都奈良の文化財(1998年12月)・・・奈良
・日光の社寺(1999年12月)・・・栃木
・琉球王国のグスク及び関連遺跡群(2000年12月)・・・沖縄
・紀伊山地の霊場と参詣道(2004年7月)
・石見銀山遺跡とその文化的景観(2007年6月)・・・島根

●自然遺産
・屋久島(1993年12月)・・・鹿児島
・白神山地(1993年12月)・・・青森・秋田
・知床(2005年7月)・・・北海道

その他、日本政府は、登録の前提となる暫定リストに次の8箇所を挙げています。2007年現在、文化遺産候補が7件、自然遺産候補が1件です。これらの価値が認められると、世界遺産として登録されることになります。

●文化遺産候補
・鎌倉の社寺や構造物(1995年1月)
・彦根城(1995年1月)
・平泉の文化遺産(2001年6月)
・富岡製糸場と絹産業遺跡群(2007年1月)
・長崎の教会群とキリスト教関連遺産(2007年1月)
・飛鳥・藤原の宮群とその関連遺跡群(2007年1月)
・富士山(2007年1月)
・国立西洋美術館本館(2007年9月)

●自然遺産
・小笠原諸島(2007年1月)
●複合遺産
なし

ぜひ、一度お近くの世界遺産に行ってみてください。

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アジアのなかでも数多くの世界遺産を登録しているのが中国です。中国4000年の歴史と、広大な土地を持つ中国はある意味当然ですよね。

2番目のインドが文化遺産、自然遺産、複合遺産をあわせて26件(2006年)であるのに対して、中国は33件です。大韓民国は7件、朝鮮民主主義共和国は1件、タイは5件・・・そして日本は自然遺産が3件、文化遺産が11件で計14件です。このような結果からもわかっていただけると思います。

歴史の教科書でもお馴染みな、万里の長城や秦の始皇帝陵、さらに四川パンダ保護区などもあります。


泰山 - (1987年、複合遺産) 
万里の長城 - (1987年、文化遺産)
北京と瀋陽の明・清王朝皇宮 - (1987年、文化遺産)
莫高窟 - (1987年、文化遺産)
秦始皇帝陵及び兵馬俑坑 - (1987年、文化遺産)
周口店の北京原人遺跡 - (1987年、文化遺産)
黄山 - (1990年、複合遺産)
九寨溝 - (1992年、自然遺産)
黄龍風景区 - (1992年、自然遺産)
武陵源 - (1992年、自然遺産)
承徳避暑山荘と外八廟 - (1994年、文化遺産)
三孔 - (1994年、文化遺産)
武当山古建築 - (1994年、文化遺産)
ラサのポタラ宮の歴史的遺跡群 - (1994年、文化遺産)
廬山 - (1996年、文化遺産)
峨眉山と楽山大仏 - (1996年、複合遺産)
麗江古城 - (1997年、文化遺産)
平遥古城 - (1997年、文化遺産) ※
蘇州古典園林 - (1997年、文化遺産)
頤和園 - (1998年、文化遺産)
天壇 - (1998年、文化遺産)
武夷山 - (1999年、複合遺産)
大足石刻 - (1999年、文化遺産)
青城山と都江堰 - (2000年、文化遺産)
安徽省南部の古代集落群 - (2000年、文化遺産)
龍門石窟 - (2000年、文化遺産)
明・清朝の皇帝陵墓群 - (2000年、文化遺産)
雲崗石窟 - (2001年、文化遺産)
三江併流 - (2003年、自然遺産)
高句麗前期の都城と古墳 - (2004年、文化遺産)
マカオ歴史地区 - (2005年、文化遺産)
四川省のジャイアントパンダ保護区 -(2006年、自然遺産)
殷墟 - (2006年、文化遺産)
中国南方カルスト -(2007年、自然遺産)
開平望楼と村落 - (2007年、文化遺産)


たとえば、「雲南保護区群の平行する三本の河川」は2003年に自然遺産に登録されました。この雲南省は、中国の最南端に位置し、広さは日本の本土とほぼ同じくらいです。ところがその中に、26もの少数民族が暮らしているのです。自然に恵まれたこの地は、人間と自然が絶妙なバランスをとって生活しており、世界の注目を浴びつつあります。

中国の世界遺産には、3件の複合遺産が含まれます。ユネスコの世界遺産リストのなかでも文化遺産、自然遺産と比べて数が少なく、日本にはまだ1件もない複合遺産です。中国の魅力は、その長い歴史のなかで人と自然が調和をとって生活してきたところにあるのかもしれません。

さすが広大な土地を有する中国ですね。

キプロス共和国(キプロスきょうわこく)、通称キプロスは、トルコの南の東地中海上に位置するキプロス島1島からなる島国です。ヨーロッパ連合加盟国。首都はニコシア。
以前外務省では、英語読みから「サイプラス」と読んでいた時期もあります。

ギリシャ系住民とトルコ系住民の混住する複合民族国家で1974年以来、南北に分断されており、島の北部約37%を、国際的にはトルコ共和国のみが承認する「独立国家」で、トルコ系住民による北キプロス・トルコ共和国が占めています。

小さな島国のキプロスは、面積が9251km2のキプロス島一島からのみの島です。その大きさは、四国の半分ぐらいです。

しかし緑が豊かで、島の中央には、オリンポスの山を中心とした山岳地帯が広がっています。また海の幸にも恵まれ、高い生活水準を維持する国でもあるのです。

ギリシア神話にも登場する美の女神、アフロデイ(英語名 ビーナス)が誕生した地としても有名です。

ヨーロッパのギリシア、アフリカのエジプト、そしてヨーロッパとアジアが交差するトルコ、といった古代文明国に囲まれた位置にあることから、ここ、キプロスは古代から文化の交流地として重要な役割を担ってきています。

そのため、この小さな島国にはユネスコの世界遺産(文化遺産)が3つもあります。

●パフォス(文化遺産)
町全体が世界遺産に登録されています。エオンの館のモザイクが有名です。
ユネスコの世界遺産としてのパフォスは、現在のパフォス市およびその近郊に位置する、新旧両方のパフォスの古代遺跡群を指します。これらが一括して文化遺産「パフォス」として登録されました。

●トロードス地方彩画教会群(文化遺産)
トロードスの山岳地帯に点在する9つの教会。聖ニコラオス教会、アシム教会が有名。その他、ディオニソス館やオルフェウス館のモザイクも必見ですね!

●キロキティア(文化遺産)
ラルメカ郊外に位置する新石器時代の集落跡。円形の住居跡が復元されています。

キプロス中部地方・地中海から7km内陸の丘陵地帯にある比較的低い岩山を迂回するように、ヘアピンカーブを描き地元で「マリーニ」と呼ばれる小川が流れています。
紀元前6000~5000年頃の大型の居住地遺跡であるキロキティアは、この岩山を取り囲むように麓から中腹まで展開されています。


キプロス島は、ギリシア語を話しますが、英語もほとんど通じます。日本からの直行便はありませんが、ヨーロッパからも、エジプトからも比較的アクセスは容易です。
ぜひ、いちど行ってみてくださいね。


マルタ共和国、通称マルタは、南ヨーロッパの国。首都はバレッタ。地中海に浮かぶ島国でミニ国家のひとつです。

長靴のようなイタリア半島が、シチリア島を蹴っているとすると、その下に弾かれた3つの小石のような位置にある。公用語は、マルタ語と英語。そのため、日本からは英語留学に訪れる人も結構いるようです。イギリス連邦と欧州連合に加盟しています。

地中海性気候のため、夏は暑く乾燥しますが、冬は温暖で雨が多い天気です。

カルタゴ、共和政ローマ時代に既に地中海貿易で繁栄し、その後一時イスラム帝国の支配に入ったこともあります。それに抵抗して戦ったマルタ騎士団がこの土地の名前を有名にしました。

この小さな国家には3つの世界遺産があります

●ハル・サフリエニ地下墳墓(文化遺産)
●ヴァレッタ市街(文化遺産)
●マルタの巨石神殿群(文化遺産)


マルタ共和国を訪れた人の誰もが感動するのが、ブルーグロット。青の洞窟と呼ばれています。洞門内に差し込む光が水面を輝かせ、ノスタルジックな雰囲気をかもし出します。

洞門内へは小型のボートで入ることもできます。

2004年には欧州連合にも加盟し、2008年からは統一通貨ユーロが導入される予定です。

ちっちゃな共和国の大きな国際デビューです。
地中海の楽園を訪れたら、かつての繁栄をしのばせる豪華な宮殿と共にその自然を満喫したいものです。



2004年の夏、ギリシャの首都アテネで開催された夏のオリンピックを覚えている方も多いでしょう。

21世紀になって初の夏季オリンピック、しかも1896年の第1回近代オリンピックがアテネで開催されて以来、108年ぶりの里帰りとあって、世界中の注目を集めたオリンピックでした。199カ国、1万人以上のアスリートが参加しました。

開催されたアテネがある地中海は、はるか昔から、人と物が行き交ってきました。ギリシャ、正式にはギリシャ共和国は、バルカン半島の最南端に位置しています。

その悠久の歴史を背景にギリシャには、数多くの貴重な歴史遺産が存在し、ユネスコの世界遺産に登録されています。

全部で16件、そのうち、文化遺産は14件、複合遺産が2件で自然遺産はありません。

☆文化遺産
バッセのアポロ・エピクリウス神殿、
デルフィの考古遺跡、
アテネのアクロポリス(パルテノン神殿)、
テッサロニキの初期キリスト教とビザンティン様式の建造物群、
エピダウロスの考古遺跡、
ロードスの中世都市、
ミストラス(ミストラ)、
オリンピアの考古遺跡、
デロス島、
ダフニ修道院、オシオス・ルカス修道院、ヒオス島のネア・モニ修道院、
サモス島のピタゴリオンとヘライオン、
ヴェルギナの考古遺跡、
ミケーネとティリンスの考古遺跡群、
神学者聖ヨハネ修道院と黙示録の洞窟を含むパトモス島の歴史地区 (ホーラ)、
ケルキラ歴史地区(コルフ歴史地区)


☆複合遺産
アトス山、
メテオラ、


東はエーゲ海、西はイオニア海、南は地中海に囲まれ、イギリスやドイツなど、冬が長く厳しい国々の人たちからは憧れのリゾート地として有名で夏には多くの観光客が中央ヨーロッパから押し寄せます。

とはいえ、真冬でも泳げるというわけではありませんし、地域によっては雪も積もります。しかし、観光客でごったがえす夏を避けていただければ、秋から冬にかけてギリシャを訪れてみると、これらの歴史的な遺産をゆっくりと落ち着いたなかで見ることができるのではないでしょうか。



地中海を挟んでイタリアの靴の先、シチリア島の真向かいにある、チュニジア。正式名称チュニジア共和国は、北アフリカに位置するアラブ諸国のひとつです。テュニジアとも表記される。首都はチュニス。地中海に面し、西のアルジェリア、東のリビアと国境を接します。

地中海の紺碧の青と澄み切った青空、そして白壁に生えるチュニジアンブルーのドアや窓枠のコントラストが美しい街、シディ・ブ・ザイド。世界遺産にも指定されているカルタゴ遺跡とドゥッガ遺跡、そして珍しいブラ・レジア遺跡など、チュニジアには古代ローマ時代の遺跡が数多く残されています。

ここは、新鮮な地中海の幸とローマの穀倉地帯と呼ばれた豊かな作物が、エキゾチックなオリーブオイルの香りに包まれ、人々の舌を魅了する地中海のリゾート地。

一方、国の南は、サハラ砂漠の入り口になっています。メトラウィからセルジャ渓谷まで、山岳オアシスを行く列車である、セザール・ルージュで約1時間。車窓からはすばらしい断崖絶壁の風景が広がります。オアシスを抜けると、そこに突如現れるのがサハラ砂漠。月面を想像させる土漠の世界、ここは映画「スターウォーズ」のロケ地でもあります。

そしてそこには、かつてサハラの暑さを敵の目を避けるために穴を掘って住み始めた、先住民族ベルベル人が要塞のような洞窟での生活を今でも続けているのです。

さらに、ユネスコの世界遺産にも指定されている、スース旧市街(メディナ)は活気と喧騒が溢れます。城壁に囲まれた市街には、お祈りを告げるアザーンの声が響き、魅惑的な香辛料の香りが訪れるものを酔わせます。

やはり、世界遺産に登録されている北アフリカ最古、最大の規模を誇る、グランドモスクを有するここチュニジアは、イスラム文化の国でもあるのです。

地中海、アフリカ、そしてアラブの文化が微妙に重なり、微妙に溶け合い、バランスを保って息づく国、それがチュニジアです。ユネスコはその活動の重点的に推進する目標のひとつに、「文化の多様性と保護および文明間対話の促進」を定め、その活動の一環として世界遺産の登録と保護を進めています。

一国にしてこれほどの多様性が互いに対立するでもなく、かつ完全に溶け合いもとの形を失うのでもなく、それぞれ今に息づいているチュニジアは文化の坩堝(るつぼ)であり、文化のモザイクでもあるといえます。


チュニジアンブルーといわれる、青と白のアーチで知られるアフリカ大陸の最北端の国、チュニジア。日本の面積の3分の2ほどのとても歴史の古い国です。シシリー島のちょうど真向かい、まるでイタリアの靴の先でちょんっとつつかれてしまいそうな所に位置する、地中海に面した国です。

建物の多くは壁が白、窓とドアは青色です。いたるところに組み込まれたアーチがリゾート気分を誘います。ここは地中海屈指のバカンスの地。青い地中海を臨む一方で、南部はサハラ砂漠の出発地となります。

北アフリカの先住民族、ベルベル人が紀元前に王朝を打ちたて、その後、フェニキア人がカルタゴを建国した国です。ローマ帝国との戦いのあと、ローマの属領となったり、7世紀にはイスラム帝国のアラブ人、更にはオスマントルコにも入られた。

さらにはレコンキスタによってスペインから逃れた難民までも入って、フランスの植民地となり、1956年に独立し共和国となったのです。



長い歴史のなかで、アラブ系、ラテン系、白人、黒人・・・
さまざまな人種が混在し、溶け合い、チュニジア独自のモザイク文化を生み出しています。

チュニジアには、その歴史を物語る遺産が数多く存在し、ユネスコの世界遺産には8件(文化遺産7件、自然遺産1件)が登録されています



●イシュケル国立公園

文化遺産

●チュニスのメディナ

●カルタゴ遺跡

●エル・ジェムの円形闘技場

●ケルクアンの古代カルタゴ遺跡とその墓地遺跡

●スースのメディナ

●カイルアン

●ドゥッガ

かつてローマ帝国の穀倉地といわれたほどの豊かな農産物と地中海の新鮮な海の幸は日本人にも好みの味付けで、非常に人気があります。トマトとオリーブオイルたっぷりの料理は、とっても健康的で栄養たっぷり。

まだまだ遠い国という印象が強いチュニジア。日本からは残念ながら直行便は出ていませんが、世界遺産ブームのなか日本からの観光客も急増している国のひとつです。

ユネスコの世界遺産活動は、これまであまり縁がなかったアフリカの小国と日本を着実に近づけています。

オーストラリア、正式にはオーストラリア連邦は、オセアニアに位置する、世界でも6番目に面積が大きな国です。

南東にはニュージーランド、北にはインドネシア、パプアニューギニア、東ティーモールなどが存在しています。英連邦王国の一国でもあります。

英国連邦とは、英国、すなわち、グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国の王座にある者、すなわち現在の国王である女王エリザベス二世が、各国の女王としても君臨する主権国家を意味しています。現在は16カ国で、オーストラリアもその一国であるということです。

かつて英国の植民地にあったという歴史を反映してのことですが、現在はそれぞれが独立し、英国に従属しているということはありません。

「君臨すれども統治せず」の原則が貫かれているのです。

豊かで、独自の自然をもつオーストラリアには、自然遺産を中心として16件のすばらしい遺産がユネスコの世界遺産に登録されています。

文化遺産が2件、自然遺産が10件、さらに複合遺産が4件です。


★文化遺産

王立展示館とカールトン庭園、
シドニー・オペラハウス


★自然遺産

グレート・バリア・リーフ、
ロード・ハウ島群、
オーストラリアの中東部の多雨林保護区群、
クイーンズランドの湿潤熱帯地域、
西オーストラリアのシャーク湾、
フレーザー島、
オーストラリアの哺乳類化石地域(リヴァーズレー/ナラコーアテ)、
ハード島とマクドナルド諸島、
マッコーリー島、
グレーター・ブルー・マウンテンズ地域、
パーヌルル国立公園、


★複合遺産

カカドゥ国立公園、
ウィランドラ湖群地域、
タスマニア原生地域、
ウルル-カタ・ジュタ国立公園

エジプトの世界遺産

ユネスコの世界遺産活動の発端となった、アブ・シンベル神殿をはじめとする、「アブ・シンベルからフィラエまでのヌビア人の建造物」の他、エジプトには7つの世界遺産が(自然遺産1件、文化遺産6件)が登録されています。

自然遺産
ワディ・アル=ヒタン(鯨の谷)
ガバル・ゴハンアムの麓に広がる谷。ガバル・ゴハンナムとはアラビア語で「地獄の山」を意味します。

文化遺産
「アブ・シンベルからフェラエまでのヌビア遺跡群」
アスワン・ハイダムの建設によって水没の危機にさらされた、アブ・シンベル大神殿・小神殿、フィラエ神殿、カラブシャ神殿などのヌビア地方の遺跡群を指します。ユネスコの世界遺産登録の先駆けとなった、救済キャンペーンによって、神殿14、聖堂3、墳墓1水没を免れ、現在に至っています。

「メンフィスとその墓石遺跡=ギザからダハシュールまでのピラミッド群」
エジプトといえば、真っ先に思い浮かべるのがピラミッド。世界遺産では、ギザのピラミッド、サッカラの階段ピラミッド、ダハシュールの屈折ピラミッド、メンフィスの遺跡などの建造物が文化遺産に登録されています。

「イスラム都市カイロ」
エジプトの首都、カイロのイスラム地区やオールドカイロにある7世紀から20世紀に建てられた建造物を指します。喧騒に溢れるなか、街にはイスラムの礼拝、アザーンが1日5回流れます。

「アブ・ミナ」
2001年に危機遺産リストに登録されました。エジプト独自のキリスト教の一派、コプト教の遺跡群。「コプト」とは、ギリシア人が古代エジプト語でエジプトを表す言葉を訛ってつけた「アイギュプトス」から来る。彼らは、我こそ古代エジプト人の子孫である、という誇りをもっています。

「古代都市テーベとその墓石遺跡」
カイロからナイル川にそってアスワンへ向かう途中にあるのが、ルクソール。3500年前、ルクソールはテーベと呼ばれ、古代エジプトの都でした。ルクソールの東岸には神殿が、西岸には王家の墓などの遺跡群が広がります。

シナイ山の聖カトリーヌ修道院
モーゼが十戒を授かったといわれるのが、シナイ山。シナイ半島南部にある世界最古の修道院のひとつです。神秘的なご来光を臨もうと夜明け前から登山する人も多いです。聖カトリーヌ修道はシナイ山の麓にあります。

オーストラリアのほぼ中央に位置し、巨大な1枚岩、現地ではオーストラリア原住民アボリジニより「集う場所」という意味のウルルと呼ばれる、通称エアーズロックは、「世界のヘソ」「地球のヘソ」とも呼ばれる世界で2番目に大きな岩石です。

オーストラリアに17件存在する、ユネスコの世界遺産の1つ、ウルル=カタ・ジュタ国立公園のなかに存在しています。

オーストラリア原住民アボリジニの聖地である、ウルルには現在、杭や鎖が打ち込まれ、登山路が設置されているのですが、ここはアボリジニの聖地であるため通常の登山のような気持ちで臨むことはさけてください。

というよりも・・・その険しい自然から考え、軽く「観光気分」で臨もうなら、それこそウルルの精霊たちの逆鱗に触れ、たちまちその垂直に切り立った壁面から弾き飛ばされてしまいますよ

荒涼とした大地にそびえるウルルに上るのは実際、体力的にもきついです。頂上までの所要時間は約1時間半~2時間です。ただかなり滑り易いので、鎖を使って上ることから両手を使えるようリュックサックを使用し、軍手が必ず必要です。

靴は登山靴か履きなれたスニーカーにします。また、風が強く吹きつける上に、朝晩はかなり冷え込みます。長袖長ズボンにし、ウィンドブレーカーなどもあれば重宝します。

その一方で、日中の強い日差しに備え、サングラス、日焼け止めクリームも必需品です。

せっかく来たのだから・・・と、多少の無理をしてでも登りたい気持ちはわからないでもありません。しかし、旅の疲れもありますし、体調の優れない方、心臓や呼吸器に障害がある方、そして・・・高所恐怖症の方は・・・絶対に無理な登頂は控えてくださいね。

登頂しなくても、ゆったりと麓を散策するだけでも十分、満喫できます。えぐれた基部やひび割れた岸壁など、ウルルの魅力は十分に堪能できますよ。

チュニジア、正式名称チュニジア共和国は、北アフリカに位置するアラブ諸国のひとつ。テュニジアとも表記される。首都はチュニス。地中海に面し、西のアルジェリア、東のリビアと国境を接する。地中海対岸にはイタリアがある。

チュニジアはアラビア語でマグレブ(日の沈む場所)と呼ばれます。青い海と白い家のコントラストが美しい地中海沿岸の都市チュニス、その郊外の丘、シディ・ブ・サイドは、チュニジアで最も美しい街といわれています。南部には、サハラ砂漠の荒涼とした、でもどこか哀愁をおびた風景が広がります。



日本からはるかかなたのアフリカのこの地は、実は、映画「スターウォーズ」や「イングリッシュペイジェント」など、数々の映画のロケ地となり、映画ファンには一度訪れたい町の一つでしょう。また、チュニジア北部の地中海沿岸近くの湖、イシュケル湖を含む「イシュケル国立公園」は、毎年何十万もの渡り鳥が訪れる手つかずの湿原地帯です。

イシュケル国立公園は、渡り鳥の重要な中継地として、1980年以来、ユネスコの世界自然遺産に登録されています。ところが湖の水源である川のダムの構築が、湖と湿地の生態系に大きな変化をもたらしました。

ダムのせいで湖に流入する真水の量が激減してしまったのです。そのためヨシやスゲなど、真水植物が好塩性の植物に置き換わりました。これが渡り鳥の個体数を急激に減少させたのです。1996年以来、イシュケル国立公園は、ユネスコの危機遺産にも登録されました。

チュニジア政府は、真水の保持、塩分の減少のために幾つかのステップを試みました。しかし塩分濃度の極度の上昇により、回復の可能性が急速に失われていることが、国際自然保護連合(IUCN)により報告されています。



アテネの北西約176kmに位置するデルフィーは、かってアポロンの信託が
行われた聖域でした。 古代にはギリシャ最大の聖地として君臨し、この地には、多くの巡礼者が訪れにぎわいました。

ここを訪れると、今でも、その神々しい聖域としての神々しい雰囲気をしみじみと感じざるおえません。古代ギリシアにあこがれてギリシアを訪れた旅人は、ぜひこのオリーブ畑の広がる聖地に足を踏み入れてはいかがでしょう。

デルフィは古代ギリシアの都市国家、ポリスでした。現在ここはデルフィの遺跡として、1987年 ユネスコの世界遺産「文化遺産」に登録されています。

デルフィの遺跡は、アポロン神殿を中心とする神域と、都市遺跡から成立しています。
パルナッソス連山の懐にい抱かれ、遠くにはコリンティアス湾を望むこの地では、かつてアポロンの神託が行われました。神託というのは神のお告げのことです。全盛期である紀元前6世紀頃にデルフィの神託は、ギリシア神話にも登場します。また、「オイディプス王」の伝説にも登場しています。

デルフィの遺跡は、世界遺産登録基準の1,2,3,4,6、を満たしているとして文化遺産リストに登録されました。

基準1:人類の創造的才能を表現する傑作。

基準2:ある期間を通じてまたはある文化圏において建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。

基準3:現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。

基準4:人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。

基準6:顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と、直接にまたは明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えています)。


アポロン神殿には、「大地のヘソ(オンファロス)」とされた石があります。ここで神託がおこなわれていたのです。古代ギリシアにおいて世界の中心であったここデルフィは、世界のヘソ「中心」として存在していました。


アブ・シンベル神殿は1960年代のアスワンハイダム建設で水没を危惧されました。これはアスワンの南280km、アスワンハイダム建設によってできた、人造湖であるナセル湖のほとりに位置しています。



アブ・シンベル神殿は、今から約3300年前の古代エジプト新王国時代第19王朝のラメセス2世によって建設されました。ラメセス2世は、自己顕示欲が強かったのか、カルナック神殿やルクソール神殿にも自分の巨像を残しています。

大神殿正面には高さ20メートルの4体のラメセス2世像がそびえたっています。あまりの大きさに圧倒されてしまいます。その巨像の上にずらりと並んでいるのが、日の出を喜ぶ22体のヒヒ。ユニークなその姿には、思わず笑みがこぼれます。

入り口手前には、戦争捕虜のレリーフが残ります。

アフリカ系の捕虜など、その顔つきは明らかにアラブ系とは異なります。

アブ・シンベル神殿、正確にはアブ・シンベル大神殿の横には、大神殿にそっと寄り添うように、ラメセス2世が王妃フェルトアリのために建造した岩窟神殿であるアブ・シンベル小神殿があります。
4体のラメセス2世と、2体のネフェルトアリ像、さらに足元には彼らの子どもたちの像が刻まれています。

アブ・シンベル神殿では、夜、観光客に人気の音と光のショーが催されます。ユネスコによる神殿の救済から始まり、ラメセス2世とその妃ネフェルトアリの夫婦愛、戦いの歴史が星空のもとで繰り広げられます。

昼間のあの暑さがうそのように、ナセル湖から涼しい夜風がそよいできます。

ライトアップされた大・小のアブ・シンベル神殿を見ていると、悠久の時間の思いを馳せると共に、このすばらしい遺跡がダムの水の底に沈まなくて本当に良かった、とつくづく思います。


ギリシアには、ユネスコに登録された世界遺産が14件あります。なかでもギリシア古代遺跡のハイライトは、なんといってもアテネのアクロポリス神殿でないでしょうか。

アクロポリス神殿は、人類文明の遺産といっていいのではないでしょうか。

アクロポリスとは、ギリシャ語で「高い丘の上の都市」という意味で、古代の聖地、神殿が建てられていた土地です。

また、ポリス(都市国家)の要塞としての意味も果たしていました。

現在、アクロポリスへは比較的簡単にアクセスできます。路線バス、市内観光バス、それに各ツアーの貸切バスなど各種交通機関が発達しています。

しかし、絶対お奨めするのは、ゆっくり、のんびりと歩いていくのがいちばんです。アテネ中心部、できればアクロポリスの周辺に宿を取り、街並みを散策しながらゆっくりとアクロポリスを観光する日程を組んでみてはいかがですか。

ちなみに、アクロポリスの入場券はディオニオス劇場、ゼウス神殿、ローマン・アゴラ、古代アゴラ、ヘファイスト神殿、アタロスの柱廊博物館、ケラミコス遺跡、といった名だたる名所の数々に入場可能です。


アクロポリス駅からでもいいですが、ちょっぴり運動もかねて、ビクトリア駅から南へ、オモニア広場へ向かい、アナティナス通りを抜けていくとローマン・アゴラ、古代アゴラに出ます。アクロポリスは丘の西側が入り口となっていますので、そこから西へとまわり、丘へ入っていくルートが本当におすすめ。



アクロポリスは、以下の登録基準が認められ、世界遺産として登録されました

基準1:人類の創造的天才の傑作を表現するもの。

基準2:ある期間を通じて、または、ある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、町並み計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。

基準3:現存する、または、消滅した文化的伝統、または、文明の、唯一の、または少なくとも稀な証拠となるもの。

基準4:人類の歴史上重要な時代を例証する、ある形式の建造物、建築物群、技術の集積、または景観の顕著な例。

基準6:顕著な普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰、または、芸術的、文学的作品と、直接に、または、明白に関連するもの。


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「紀伊山地の霊場と参詣道」は、和歌山県、奈良県、三重県にまたがる、寺院や参詣道全体を指します。そして2004年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。吉野山・大峯山、熊野(熊野三山、那智大滝など)、高野山(金剛峰寺など)、および参詣道(熊野古道)などの遺跡があります。

ユネスコの世界文化遺産の登録基準、2,3,4,6、を満たすと認められました

基準2:ある期間を通じて、または、ある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。

・紀伊山地の文化的景観を形成する記念碑と遺跡が振動と仏教の融合である。

・東アジアにおける宗教文化と発展を例証する。

基準3:現存する、または、消滅した文化的伝統、または、文明の、唯一の、または少なくとも稀な証拠。 

・紀伊山地の神社と仏教寺院は、その関連の宗教儀式も含め、1000年以上にわたる日本の宗教文化の発展の優れた証拠となる。

基準4:人類の歴史上重要な時代を例証する、建築様式、建築物群、技術の集積、または景観の優れた例。 

・紀伊山地は神社・寺院建築の形式創造の素地となり、当地域以外の日本の寺院・神社建築に重要な影響を与えた。

基準6:顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰、または、芸術的、文学的作品と、直接に、または、明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)。 
・紀伊山地の遺跡と森林の景観は、過去1200年以上にわたる聖山の伝統を反映している。

このようにその「顕著で普遍的な価値」を認められ、その保全に向けた努力がなされている一方で、さまざまな問題も起きています。

他の世界遺産と同様、紀伊山地一帯でも、観光地化の影響による遺産本体およびその周辺の損壊が著しいという問題が生じています。また、遺産に登録されたことから、地権者が本来の職業である林業ができなくなっているという現実も直視できません。さらに、古道の整備や、風力発電による眺望への影響など、開発と保全との摩擦が起こっています。



白川郷・五箇山の合掌造り集落は、岐阜県の白川郷と富山県の五箇山にわたる飛鳥地方にあり1995年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。。

合掌造りというのは、養蚕のために屋根裏に棚を設置したのが始まりといわれ、時代は江戸時代にまでさかのぼります。白川郷と五箇山の集落地帯は、日本でも有数の豪雪地帯です。そのため雪下ろしの作業を軽減すると共に、屋根裏の床面積を拡大するために、急な角度をもつ茅葺屋根となったといわれています。

集落は南北に細長い谷に位置し、南北から吹く強風が屋根に当たる面積を少なくするために、家屋が東西を向いているのも特徴的です。

文化遺産の登録基準、4,6を満たしていると認定されました:

基準4:人類の歴史上重要な時代を例証する、ある形式の建造物、建築物群、技術の集積、または景観の顕著な例。 

基準6:特に、回復困難な変化の影響下で損傷されやすい状況にある場合における、ある文化(または、複数の文化)を代表する伝統的集落、または、土地利用の顕著な例。 

白川郷・五箇山の合掌造りが現在まで残った理由のひとつは、この地域が豪雪地帯であったため、周囲との交通路整備が遅れたたことがあります。また、「結(ゆい)」といって、地域住民が連携形式を組み、合掌造りを守るために補修や茅葺の葺き替えを行ってきたことも貢献しています。

しかし、この地域の過疎化や住民の高齢化で、結の活動を維持していくのは難しくなりつつあります。

また、世界遺産への登録後、観光客が激増しました。それにより、実際にここで生活している方々のプライバシーが損なわれ、摩擦が起きています。さらに、2007年度の東海北陸自動車道の開通など、開発の波は押し寄せています。

歴史遺産の保全と観光開発、地域住民との軋轢など、世界遺産をめぐる典型的な問題がここでもみられます。本当に悲しいことです。



広島県の原爆ドームは、1996年に世界文化遺産として登録されました。登録の基準は、6を満たしているとの評価です。

基準6:顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰、または、芸術的、文学的作品と、直接に、または、明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)。

原爆ドームの登録審議が行われた1996年の世界遺産審査委員会でアメリカ合衆国は登録に強く反対し、調査報告書の記述から「世界で初めて使用された核兵器」という文字を削除させました。また中華人民共和国も、日本の戦争への反省不足を理由に棄権に回ったという経緯があります。現在、原爆ドームは、原爆の惨禍を示すシンボルとして、「負の遺産」に登録されています。
やはり世界遺産の登録といえども国家関係の外交問題が基準を変えるということがありえるということです

一方、破壊された当事の形を保ったまま保存することがこの建物の特徴です。そのため、落下や崩落の危険性のある箇所は保存工事で補修、撤去されて定期的に作業が行われているとはいえ、保存には難しい問題があります。地震の多い日本では危険が大きいのです。また、周囲の開発に対して、周辺の景観が損なわれるという問題も起こっています。そのため、危機遺産に登録されてしまうのではないか、という懸念もあります。

周辺には、原爆投下の目標となったとも言われる相生橋が係り、広島平和記念公園が広がっています。学生時代に修学旅行で訪れた方も多いかもしれません。中沢啓治の漫画『はだしのゲン』など、原爆の被爆体験を伝える作品と共に、戦中、戦後の激動の時代を伝える、有形の文化財としていつまでも守っていきたい文化遺産です。


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